ポルシェ博物館訪問記④…1940年代~1970年代のレーシングカー

2回に分けた市販車編に続いてはレーシングカー編です。これもボリュームが多いので’70年台までと’80年台以降に分けて紹介します。

1940~50年代

◆ポルシェ タイプ360 チシタリア(1947年)

イタリアの企業家、ピエロ・ドゥジオが第2次大戦後に興したスポーツカーメーカー、チシタリアの依頼によりフェリー・ポルシェが中心になって設計したグランプリマシン。排気量1493ccのエンジンはスーパーチャージャー付きの水平対向12気筒で最高出力は385馬力。しかもミッドシップで駆動方式は4WDと、エンジン・シャーシ共に非常に高度な設計です。

残念ながらチシタリアは経営難に陥り、このマシンがグランプリを走ることはありませんでしたが、チシタリアから受け取った設計料は、ナチスに協力した戦犯として当時収監されていたフェルディナントの保釈金に充てられたという話もあります。

◆ポルシェ550 スパイダー(1954年)

量産モデルは356だった時代にポルシェがレース専用に作ったのがこの550。車名は車重が550kgというのが由来です。ミッドマウントされた1,498ccフラット4エンジンの出力は110psですがこの車重には十分だったのでしょう。テキサスを起点にメキシコを3千km以上縦断する「カレラ・パナメリカーナ・メヒコ(Carrera Panamericana Mexico)」でクラス優勝、総合でも3位入賞を果たしています。

リアの形状は空力の考えたものなのか、或いは、当時アメ車で流行しつつあったテールフィンを意識したものなのかも知れませんが、いずれにしても魅力溢れるスタイルですね。

1960年代

◆ポルシェ356B 1600GS カレラGTL アバルト(1960年)

フィアットやシムカをベースにカリカリのハイチューン車を作っていたアバルトがポルシェ356を料理するとこうなります。DOHC化されたフラット4エンジンは135psを発揮し、1962年のタルガ・フローリオではクラス優勝を果たしました。


アバルト=イタリアのイメージでしたが、創設者のカルロ・アバルトさんは元々ポルシェ家と同じオーストリア出身の”カール・アバルト”さんなんですね。

サソリのエンブレムはカルロおじさんがサソリ座であることに因んだものです。

◆ポルシェ804 “Formel 1″(1962年)

ポルシェがエンジンだけでなくシャーシも自社開発・製作した唯一のF1マシンです。排気量1,494ccの空冷水平対向DOHC8気筒エンジンの最高出力は185psで、この年のフランスGPではアメリカの名ドライバー、ダン・ガーニーのドライブで優勝を飾っています。

サスペンションはダブルウィッシュボーンで、4輪ディスクブレーキを備えています。

タコメーターを覗いてみると、レヴリミットは8600回転辺りに設定していたようですが、赤いスパイ針は9000回転近いところを指しています。

◆ポルシェ718 W-RS スパイダー(1962年)

搭載している水平対向8気筒の2Lエンジンは恐らく804のF1用1.5Lと同時並行的に開発したのでしょう。1961年~64年まで、レーシングカーとしては長期間活躍したことから、メカニック達は”Großmutter”=“Grandmother”の愛称で呼んでいたそうです。

1962年にはタルガ・フローリオとニュルブルクリンク1000kmレースでクラス優勝、1963年と翌’64年はヨーロピアン・ヒルクライム選手権でチャンピオンを獲得しました。

◆ポルシェ356B 2000GS カレラGT(1963年)

356カレラ2をベースにGTカテゴリー用に開発されたもので、純粋なレース用ポルシェとしては、アルミ製のボディーはこの車が最後なのだそうです。


リアウィンドウ周辺のシャープな形状からドイツ語で”dreikantschaber”、グーグル翻訳によると「三角スクレイパー」というニックネームで呼ばれていたそうです。

◆ポルシェ904 カレラ GTS(1964年)

日本では「スカイラインGT伝説」の相手役として有名な車ですね。ポルシェとして初となるFRP製のボディーを纏い、エンジンは水平対向4気筒、6気筒、8気筒までありますが何れも排気量は2Lでした。


サーキットまで自走して行けるスポーツカーというのが謳い文句だったようですが、まあ、一応ナンバーを付けて公道を走れるレーシングカーと言うべきでしょうね。それにしても、初のフルFRP製とは思えないほど塗装や細部の仕上げが綺麗です。

◆ポルシェ908 KH(1968年)

FIAの規則改正でスポーツカー選手権が排気量3Lまでのプロトタイプカーと5Lまでのスポーツカーで行われることになり、それまで大排気量の持ち駒が無く、軽量・小~中排気量路線でクラス優勝狙いだったポルシェも総合優勝の目が出てきました。そこでポルシェが開発したのが3L水平対向8気筒エンジンを積む908です。

908は1968年第4戦のモンツァでデビューし、第6戦のニュルブルクリンク1000kmでは早くも優勝、ルマンでは予選1~3位を占めたものの優勝はなりませんでした。

テールにはリアサスの動きに連動して角度が変わるフラップが付いています。

“LEIGHT”=軽さというテーマで展示されていた908のグラスファイバー製ボディ。

これも軽量化の一例で、917の12気筒エンジンに使われたチタン製のクランクシャフト。重さは13kgで、通常の鉄製に比べ10kgも軽いそうです。

◆ポルシェ909 “Bergspyder”(1968年)

ドイツ語で”berg”「山」という言葉で、まさにヒルクライム用に特化して作られたモデルです。プロジェクトの合言葉は「全てを可能な限り軽く」というもので、ブレーキディスクはベリリウム製、燃料はポンプは廃して加圧窒素ガスで送り込むという徹底振り。その結果、車重は384kgに過ぎず、ドライバーとエンジンの位置を前に出すことで重量バランスを取ったそうです。


この軽量な車体に積むエンジンは水平対向8気筒2Lで275ps。乗り辛そうですねぇ。

コクピット横に書いているドライバー名はロルフ・シュトメレン。後にF1に参戦するもイマイチ活躍しませんでしたが、ロータスやブラバムにも乗っていた懐かしい名前です。

◆ポルシェ908 LH クーペ(1969年)

’69年のル・マンで2位に入賞した、と言うよりも、イクス、オリバー組のフォードGT40に劇的な僅差で敗れたマシンです。ル・マン仕様のロングテールには可動式のフラップが付いています。


ドライバーはハンス・ヘルマンとジェラール・ラルース。ラルース氏は後にF1チームを運営し、鈴木亜久里選手が’90年の鈴鹿で3位表彰台を獲得した際に乗っていたマシンがラルース・ランボルギーニだったので日本人ファンには馴染みのある懐かしい名前です。

1970年代

◆ポルシェ917 KH クーペ(1970年)

スポーツカーのホモロゲーション取得に必要な生産台数が50台から25台に緩和され、ポルシェは大排気量エンジンを開発します。エンジンは4,907ccで最高出力は630ps、最高速度は360km/hとありました。また、12気筒のエンジンはこれまでのポルシェ同様、レイアウトは水平ではあるもののピストンが互いに対抗して動く”ボクサー”では無いので、説明パネルにはちゃんと”180度V12気筒”と記載されていました。

展示車は1971年のスパ1000kmレースで平均速度249.069km/hという驚異的な記録で優勝したもので、後年はポルシェを訪れる特別なお客さんを載せて喜ばせるという役割を長年務めたことから車内では「タクシー」というニックネームで呼ばれていたそうです。

◆ポルシェ917 LH クーペ(1971年)

ル・マン制覇を目指して64cmテールを延長した効果で”drag coefficient”…多分Cd値0.30以下を達成し、ミュルサンヌ ストレートでは387km/hを記録しましたが決勝ではリタイア。優勝したのは同じマルティニ・ポルシェでもショートテールの917でした。

上からエンジンに空気を吸わせ、ファンで空気送り込んで強制冷却もして、テールは長くしてスムーズに空気を流して…と、この時代のマシンは分かり易いですね。精悍なシルバー基調のマルティニカラーも相俟って魅力的なマシンです。

◆ポルシェ917/20 クーペ “Pink Pig”(1971年)

空力を追求してショートとロングテールの要素を盛り込んでデザインされたスタイルは「豚みたいだね」と言われたそうで、ポルシェはそれを逆手にとってボディーをピンクに塗装。更に肉屋さんの豚のイラストに「ロース」や「ヒレ」と肉の部位を書いているようなデコレーションまで施すという洒落で人気を博したそうです。


面白半分でグーグル翻訳でドイツ語検索してみたら、フロントフェンダーの”schulter”は「肩」、コクピット横の”hals”は「首」と出ました。

◆917/30の1200馬力エンジン(1973年)

“STARK”=強さというテーマで展示されていたのがCan-Am(Canadian-American)…所謂「カンナム」シリーズ向けの12気筒5,374ccツインターボエンジン。

シリンダーブロックを樹脂のシュラウドで覆い、そこに上のファンから空気を送り込む構造やツインターボ、ヘッドに繋がるオイルホースなど、非常に興味深い展示です。

冷却フィンはスズキのGSX系油冷バイクエンジンように薄く細かいです。また、センターのギアも構造が良く分ります。

◆ポルシェ911 カレラRSR(1973年)

公道レースであるタルガ・フローリオは1977年に幕を閉じますが、スポーツカー世界選手権としての開催は1973年が最後でした。 そのレースで総合優勝を飾ったのがこの911カレラRSRです。市販モデルでは911カレラRS 2.7が登場したのも1973年ですが、このRSRのエンジンは2,992ccまで拡大されています。

◆ポルシェ911 カレラRSR 3.0(1974年)

前述のカレラRSRと同じ排気量なので関係が良く分らないのですが、ボディー形状が930系になっていたり、後のターボのようなデカいりウィングが付いています。

◆ポルシェ935 “Baby”(1977年)

量産型の911ターボをベースに開発されたレーシングカーである935は様々なカテゴリーで大活躍しましたが「ポルシェばっかり勝って面白くない」という、後年の956/962時代のような状況になってしまいました。

対抗馬が次々に撤退する中でTV局は「2L以下のクラスしか放送したくない」と言い出す始末。これに怒ったポルシェはターボ係数である1.4を掛けても2L以下に収まる1,425ccに縮小したボクサーターボエンジンを載せた”Baby”を登場させました。1,425×1.4=1,995cc、フフフ…といったところでしょう。

結果は、ジャッキー・イクスのドライブでホッケンハイムに出場して優勝。展示説明には「小排気量カテゴリーでもポルシェに競争力があることを証明しました」と書いていました。まあ、そこまで意地にならなくても…と思わないでもありませんが。

◆ポルシェ 911SC サファリ(1978年)

ラリー人気が絶大なヨーロッパで、ポルシェが本気でラリーに取り組むのは当然のことだったのでしょう。投入された911はアルミのフロアパネルを厚くするなどでボディーを強化。車高は28cm上げられました。そして’78年サファリラリーの実戦、スウェーデンの名ドライバー、ビョルン・ワルデガルドの駆る911はトップを走っていましたが終盤にぬかるみで岩にヒットしてリアのアクスルを破損して結果は惜しくも2位。もう一台は4位でした。

私が好きなドライバーの一人がジャッキー・イクスなので’76年か’77年の936は是非見たかったのですが、残念ながら私が訪れた際には展示されていませんでした。

↓1980年代以降に続きます。

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