ポルシェ博物館訪問記②…ポルシェ黎明期~356までの市販車

ミュージアムでは1階で入館料(8ユーロ)を払ってオーディオガイドを受け取り、エスカレータで上(3階だったと思う)に上がます。そこからは基本的に時代順の展示を見ながら上に進むという構成でした。

創業からスポーツカーメーカーへの発展

創業者であるフェルディナント・ポルシェ博士からその孫、F.A.ポルシェまでの3代に関する模型展示がありました。

1. フェルディナント・ポルシェ

それまでダイムラー社やVWの設計者として活躍していたフェルディナント・ポルシェ博士が1931年、自らの設計事務所として設立したのが会社としての起源です。下の模型はタイプ64というモデル(どんなクルマだったかは後述)。

2. フェリー・ポルシェ

1948年、フェルディナントの息子、フェリー設計した356の生産を開始し、自動車メーカーの仲間入りを果たし、スポーツカーメーカーとしての名声を高めてゆきます。

3. F.A. ポルシェ

1963年、フェリーの息子、フェルディナント・アレクサンダー(愛称”Butzi:ブッツィ”)設計による911がデビュー。この設計を基に改良を重ね、1997年まで作られたスポーツカーの金字塔です。

ところで、何故、”フェルディナント・アレクサンダー”の愛称が”Butzi:ブッツィ”なんでしょうね?

フェルディナント・ポルシェの時代

◆エッガー・ローナー C.2 電気自動車(1898年)

オーストリアの馬車製造業者、エッガー・ローナーのためにフェルディナントが設計した電気自動車。これを書くにあたって初めて知ったのですが、元々フェルディナントは電気の専門家だったのだそうです。

◆ローナー・ポルシェのホイールハブモーター(1900年)

ローナー社の主任設計技師になったフェルディナントが設計したインホイール式モーター。ホイールハブにモーターを組み込むという技術は近年でも研究が続いていますが、この時代に実用化していたというのは凄いことです。しかもガソリンエンジンとモーターを組み合わせる、所謂ハイブリッド車に使われたとのこと。ただ、ハイブリッドといっても流石に減速時のエネルギーを回生するまでは至っていなかったようですが。

◆アウストロ・ダイムラー 航空機エンジン(1912年)

独ダイムラーのオーストリア子会社(分家筋みたいなもの?)であるアウストロ・ダイムラーに移籍したフェルディナントが設計した航空機用水冷直6エンジン。

◆アウストロ・ダイムラー・モトアスプリッツェ 消防車(1912年)

アウストロ・ダイムラーにチーフエンジニアとして迎えられたフェルディナントは消防車も設計しました。展示車は自社の消防隊のために作られたもので、20年使用した後も特に問題は無く、その後はオーストリアのBurgenlandという町で更に36年間使われたそうです。

◆アウストロ・ダイムラー ADS R “サーシャ” (1922年)

シチリア島で開催されていた伝統のレース、タルガ・フローリオの小排気量クラスで1、2位を占めるなど、43ものレースで優勝したマシン。スペックは…
・エンジン: 4 気筒
・排気量: 1,089cc
・最高出力: 45ps
・最高速度: 144km/h
だったそうで、ハイパワーでぐいぐい走らせるのではなく、エンジンは小さくてもパワーウェイトレシオで勝負するという、特に’50~’60年代にポルシェが得意としたコンセプトを確立したモデルと言えるのかも知れません。

サーシャの成功にもかかわらずレースに消極的な経営層と意見が合わず、1923年、フェルディナントはアウストロ・ダイムラーを退社し、本家ドイツのダイムラー(後にベンツと合併してダイムラー・ベンツになる)に取締役技術部長として迎えられました。

◆アウストロ・ダイムラー “Bergmeister”(1932年)

小生、ドイツ語は良く分らないのですが”ベルグマイスター”と読めば良いのでしょうか。説明によると、自動車ヒストリアンの面々がオーストリア自動車史の頂点の一つだと認める名車だそうです。
フェルディナントは1923年にアウストロ・ダイムラーを退職したのに何故1932年式が?と思いましたが、当時先進的だったバルブ駆動がOHC式のエンジンをはじめ、色々とフェルディナントらしい特徴が伺えるのだと説明に書いていました。

◆ポルシェ タイプ64(1939年)

1931年、フェルディナントは独立して自身の設計事務所を構えます。そして1938~1939年にかけて、ベルリン-ローマ間のレース(というかラリー)用にVWタイプ1(所謂”ビートル”)の原型車をベースに設計したのがこのタイプ64。展示されていたのは後年ポルシェが復刻製作したアルミ製のホワイトボディでした。

今から約80年も前のデザインですが、徹底的に空力にこだわった造形や、何よりもこの時点でポルシェらしいデザインのアイデンティティが固まりつつあったことには感心させれられます。

フェルディナントはこの車をプライベートで愛用していたそうで、戦後、”PORSCHE”のバッジが付けられました。タイプ64はこの7文字が付けられた初めての車です。

◆フォルクスワーゲン・タイプ1(1950年式)

言わずと知れたビートル、ドイツ語ではKäfer=ケーファーです。ナチス時代の国民車構想に応えるべくフェルディナントが設計したのも有名な話です。1938年~2003年までの65年間に作られた数は約2,153万台。戦後復興期のドイツに莫大な外貨をもたらしました。

展示車は1950年式なのでリアウィンドウは勿論スプリットタイプです。やはりこの時代、大きな一枚モノのガラス、特に自動車用のように歪みが許されないものは特に高価だったのでしょう。

356の時代

フェリー・ポルシェが中心になって設計された356の時代です。レースでの活躍も相俟って、この時代に高性能スポーツカーメーカーの名声を不動のものにします。

◆ポルシェ356 No.1 ロードスター(1948年)

前述のタイプ64は別として、初めてポルシェの名が冠されたモデル。後の量産型とは異なり、エンジンのレイアウトはミッドシップです。

スピードメーターと時計だけの超シンプルなダッシュパネル。

◆ポルシェ356/2(1948年)

356 No.1に続いて製作された2番目の試作車。エンジンがリアに移され、狭いながら後部座席が設けられました。計52台がオーストリアのグミュントという町で製作されました。色々と試行錯誤しながらハンドメイドで作られたので同じ356/2でも各車、細部は色々と違いがあるそうです。

◆ポルシェ356クーペ  “フェルディナント”

シュツットガルトで生産された、356の量産型1号車。上の356/2に有った三角窓が無くなるなど、似ているようでかなり違います。1950年9月3 日、75才の誕生日を迎えたフェルディナントにプレゼントされ、その後はテストカーとして使用されました。尚、フェルディナント・ポルシェは翌1951年1月30日に亡くなりました。

◆ポルシェ356 アメリカ・ロードスター(1953年)

アメリカ市場専用に造られたアルミボディのロードスターで、通常の356から大幅に軽量化され、車両重量は605kg。サイドウィンドウは嵌め込み式、ソフトトップも簡素化されています。

で、通常の356の重量は?と調べたのですがよく分りません。手持ちの資料(自動車アーカイブ)によると、1959年の356Bが865kgなので’53年頃の356なら7百kg台後半程度でしょうか。いずれにせよ、150kg程度は軽量化していたようで、1,488ccで最高出力70psながら最高速度は177km/hに達したそうです(最高速度を追求したモデルではありませんが、速いですね)。

◆ポルシェ356A 1600 スピードスター(1956年)

アメリカのインポーターからの、3,000ドル以下の軽量モデルを求める声に応えて作られたのがスピードスターです。フロントガラスの高さを下げて空気抵抗を抑えたり、サイドウィンドウを樹脂製の嵌め込み式にして軽量化したりと、単なる廉価版に終わらせないのは流石です。

スピードスター自体は1954年に登場したようですが、356は1956年式から356Aに進化しており、展示車もAタイプでした。

◆ポルシェ356A 1600S クーペ(1956年)

356″A”に進化した1956年時点でエンジンは1300、1500、1600ccが選べましたが、その中で最も高性能だったのがこの1600Sです。”S”はSportのSかと思ったのですがそうではなく、リアには”SUPER”のエンブレムが付いていました。

◆ポルシェ356B 2000GS カレラ GT(1960年)

1959年、356は”B”に進化します。自動車保有数が増え、安全性という概念が生じた時期です。バンパーが大型化され取り付け位置も上げられ、それに伴いヘッドライトの位置も上がっています。また、ステアリングには油圧のショックアブソーバーが組み込まれています。

その356Bの中でもホットモデルだったのがこの展示車で、エンジンはレース用譲りの4カム(904にも積まれたものと基本的に共通だと思います)が載っているようですが、この、175psというスペックは本当に有ってるのかな?ロードカー用はデチューンされていて、正しくは130psだと思うのですが。

356が何台も出てきてそろそろゲップが出そうですね。はい、356はここ迄で、次は奥に写っている911の時代になります。

ただ、その前に356と同年代ながら異色の2台を紹介しておきます。

ちょっと変わり種のポルシェ

◆ポルシェ ディーゼル・シュレッパー “スタンダード 218”(1959年)

“schlepper”という単語をGoogle翻訳で調べたところ、まさにドイツ語で「トラクター」と出ました(笑)。Wikipediaドイツ語版なども検索しながら調べたところ、マンネスマン社との合弁でPorsche-Deisel-Motorenbauという会社を作り、そこで約12万台が生産されました。エンジンは2気筒1.6Lディーゼルで、最高出力は25ps、最高速度は20km/hです。

◆ポルシェ タイプ597 “Jagtwagen”(1956年)

“jagt”とはドイツ語で「狩猟」だそうです。
ドイツ連邦軍向けにジープ的な用途の軍用車として開発されましたが制式採用には至りませんでした。サイドシルが高いのは水に浮かせるためで、この車自体は違いますが水陸両用車への発展も視野に入れていたようです。エンジンは356のフラット4を流用しています。

ということで、ここでは主に1950年代末までの市販車の展示を中心に紹介しました。

911以降の市販車編に続きます。

スポンサーリンク

シェアする